ショックを受けた80年代の香港 その3(万華鏡)

ひさびさ、自分が経験した80年代香港のお話。

80年代といえば、洋楽ではミュージックPVの全盛期。以前書いた通り、私自身、60年代、70年代の洋楽が好きだと公言したが、80年代の洋楽も好きで、この頃の数々のミュージックPVにもハマっていた。しかも元10CCだったゴドレイ&クレームのコンビが、ハイセンスでクオリティの高い数々のミュージックPVを制作していたりした。

その頃香港は、まだ英国の統治下だったわけで、そのせいもあり、主に英国系の洋楽ビデオを大量に売っている店が結構あった。日本では、その類のビデオがその当時では1本1万円くらいはしたものだったが、なんと日本円に直すと、たった数千円で売っていて、しかも、日本では見たことのない貴重な洋楽ビデオまであったので、自分にとってはそこはまさにパラダイス。暇さえあれば、それらの店に入り浸って、洋楽のビデオを漁っていた。 →「ショックを受けた80年代の香港 その3(万華鏡)」の続きを読む

衝撃的だった映画

もう1ヶ月以上も前の話となってしまったが、昨年、俳優の菅原文太さんが亡くなられたニュースが報じられ驚いたが、本当に昨年はその年末にかけ、高倉健さんとか、映画界の大物と言われる方々が、次々にお亡くなりになられた。

過去の代表作として紹介されるのはやはり、「仁義なき戦い」や「トラック野郎」といったところであるが、個人的には昔見て、衝撃を受けたのは、深作欣二監督の「人斬り与太 狂犬三兄弟」という映画だ。しかも共演の菅原文太の弟分を演じているのは田中邦衛だ。タイトルもおどろおどろしいが、当時、この映画を目的に映画館に行ったわけではなく、またリアルタイムでもないが、もう30年以上前に、昔の邦画を3本立てで安く上映しているいわゆる「名画座」があって一時期それにはまり、とにかく映画を見まくった時期があったが、その時に上映された1本であった。

1972年の映画なので、「仁義なき戦い」シリーズの前で、実際、「仁義なき戦い」の中にも、これと似たような話が出てくる
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「人の痛み」

日本で夏に公開された3D映画、「STAND BY ME ドラえもん」は、まだ香港では公開されていない。いわゆる香港での「お正月(チャイニースニューイヤー)映画」として今年の2月に公開される予定だ。

ドラえもんの一番最初のテレビのアニメ化は失敗だった。リアルタイムで見ていたが、全く面白くなかった。その後、「2回めの」アニメ化は大成功で直ちにブームが起きた。一回目と二回目の違いは何か?一回目は脚本家がオリジナルのドラえもんストーリーをテレビ用に作り、二回目は原作に忠実であったからだ。
故藤子・F・不二 雄氏の「珠玉のSF短編集」などを読んでもわかるように、それぞれの話が短いストーリーながら大きなストーリーが凝縮されて出来上がっている印象だ。なので、登場人物の1語、1語のセリフに無駄がなく、時として、かなり深い意味を持つ時がある。

映画「STAND BY ME ドラえもん」の良かった点は、その内容が、ドラえもんのオリジナルの何話かのマンガのストーリーを元に、かなり忠実に作られていた点だ。
しかしながら、3Dに関しては、大変面白い試みとは思う反面、個人的にはあまり好きではない。どちらかというと、その3Dの映画そのものより、その元になった漫画のシーンを思い出して涙があふれる感があったからだ。

そしてこの3Dの映画のいろいろな話の中には、例の1999年のアニメ映画版でもお馴染みの「のび太の結婚前夜」の話も含まれている。大人になったのび太くんとの結婚に不安を持つしずかちゃんに対し、しずかちゃんのお父さんがしずかちゃんに話すセリフの数々が感動的だ。

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