静かになった香港人

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時は80年代中頃、初めて赴任により香港に住むこととなったのだが、その時は5月で、街の香りはと言えば、やたらとドリアンの匂いが漂っていた。そしてとにかくうるさくてガチャガチャしている。でも、人々は、やたらとバイタリティが溢れている。とにかくみんな、「生きている」のだ。

レストランを覗くと、いかにも精力絶倫のじじいが、年に似合わず、脂っこいチャーシューを貪り食っている。みんなとにかく大声で喋るから、自分の声すら聞こえない有様だった。

そう言えば以前、シンガポールから久しぶりに香港へ遊びに来た知り合いの人(シンガポール人で60歳代)が、あることを言っていたのを思い出した。「どうして今の香港の老人はいかにも老人っぽいのか?昔はそうではなかった。私もそんなに若くはないが、そんな年でもないのに、老人らしい老人ばかりになってきている。」と。

バスの中。その時、フィリピンのアマさんらしき人が友人と喋っていて、とにかくうるさい・・・でも待てよ。昔は香港人の話がうるさかったはずだ。しかも、電話とか、バスの中で話して、その声がとにかくうるさいということが普通だった。確かにバスの中で携帯をかけている人はいるのではあるが、でも、昔に比べると、そんなにうるさくない。一応、うるさい「広東語」で喋る人もいるのだが、その「広東語」は、香港の「広東語」と明らかに違う。中国大陸の方の広東語だ。

ある日、混んだ電車で足を広げているとんでもない学生がいるなと思ったら日本人。バスの中の喋り声で、うるさいと思ったら日本人。海外でも静かで礼儀正しかった日本人が、昔の香港人のよう。

その時、ふと思った。台湾で言う所の「本省人」のような香港人は、今や昔と違い、礼儀正しくなり、尚且つ、静かになり、大声を出すことは昔に比べ、「恥」と思うようになった割合が増えたっぽい。「まだうるさいじゃないか」と思う人も多いが、それは中国本土からの移民系だ。
でもそれは文化だけではなく、未来に期待が持てない、諦め的なところから、「元気がない」のではなかろうか?実際、フィリピンの将来の方が「元気」があって、アマさんの声もそりゃでかくなる。中国大陸からの方は、イケイケだ。日本人で元気があるのは、そりゃ、今やみんな「平均」ではなく、香港なんかに遊びに来るような「勝ち組」だ。

声の大きさは、経済にも関係するのであろう。香港人だけではなく実は日本人までそうなのであるが、ある「負け組」に共通しているものがある。両者とも、会社とかが、中国の「訳があって頑張る」労働力と、その意味も考えずに競争させられているための犠牲者の人たちが多いことだ。上昇する物価、不動産、上がらぬ賃金と、変わらぬ長時間労働。そして「見えない未来」。もう何も言えなくなった現状・・・
これ以上、「昔から住んでいる」香港人が静かにならないことを、逆に祈るばかりなのだ。

そう言えば、九龍バスで席に釘が出てて怪我する事件や、席のカバーが切られる事件が何件も勃発したことがあった。一応犯人として捕まった人は、現在、6人で、単独犯のようだ。バスの本数が極端に少なくなったり、バスを待ってるのに乗せずに素通りされたり・・・しかし、運賃は高くなる一方。そういう不満などが動機らしいのだが、不満は内にこもる方がよっぽど危険だと、改めて思ってしまった。


(その事件の対策か、最近バスの席のカバーがしっかりと丈夫になっているのが目立つようになっていた。)

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