いまさらApple TV(その3:Apple TVを考える)


Apple TVについて、「いまさらApple TV(その2:Apple TVの敷居)」を書いた後、すぐ続きを書こうと思っていたのではあるが、書くのをとりあえずやめることにしていた。
その理由は、6月のAppleのWWDCで、新しいApple TVの発表があるとかいう話などが出てきたからだとか、そんなことではない。だいたい新しいApple TVに関して、元々、ある程度予想した通りで、別にどうでも良いことであった。
そうではなく、ただ、最近では、ある「有力株主の提案」と言うことで、しないと言っていたTVの開発が出てきたりとか、何やら、こちらが考えていた方向より、株価を上げるためだけの発想が強まってきて、どんどん遠い所に行ってしまっていて、残念ながら、本来Aooleがやるべきことすら、だんだんおろそかになっている気さえしてしまう。

また、いろいろと情報もごちゃごちゃしている中で、Apple Watchばかりに気をとられたような形で、新しい「理想」のiPhone予測とか、もう、これって、誰かが一度通って失敗した道だねと思いつつ、とりあえず、最近では、すっかり書く気が失せてしまった。
しかも残念ながら、それだけでなく、クック氏が過去Appleのイベントで自慢気に話していたAppleの誇るいくつかの優れた点すら、一個ずつ、消えていっているのも残念だ。

本来、Apple TVって何をしたかったんだろうなと思ってしまう。
まあ、こちらの考えていることが正解ではないのだろうが、Apple 製品すべての基本において思ったことは、「自由」だということだ。そして「垣根」がないということだ。
好きな事をどこでも思いついた時に直ぐやれること、その事とだと思っていた。

人々の生活体系は変わっていく。たとえば、テレビとすれば、好きなドラマやらバラエティやら音楽番組やら、テレビ局の都合によって、その時間帯に見なければいけないという時代は終わった。だからこそのテレビの自動「録画」だろうが、そうではなく、その手間ですらいらなくなるのが望ましい。録画し忘れることもある。録画に失敗することもある。つまり、見たいときに見たいものを見るということで、「オンデマンド」が基本にあって、もちろん、「ライヴ」も必要ではあるが、だからこそ本来はそのための「インフラ」が必要ということになる。

でも、その国やら、社会、ましては考えている構想の中心が米国で、その米国もここ数年、特定の国に特定の焦点を合わせすぎて、本当に「あれっ?」て思ってしまう世界になった気がした。ただ最近、少しだけど、以前の米国に戻りつつあるみたいなのだけれども。
それより、米国以外の国は国で事情があるし、それにまつわるいろいろな業界も、一筋縄ではいかない。誰も「金儲け」だけを考えている人間に手を貸さない。手を貸すかわりに分前をより一層よこせとなるであろう。そういうものも含めて、もう大きな夢が描けなくなってきて、Apple TVもこれからどうなるのかということだ。ただ、それでも前進は確実にしているし、また、希望を捨てるまでもなく夢の方がまだ大きい。

しかしながら、本当の「贅沢」とは何なのであろうか?精神的に「満足度」が高いこととは、どういうことだろうか? そして「合理性」を重視するのなら・・・・・本来のAppleはそれらの解答を知っていたと思うのだが・・・

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