嫌になってくる話


特に先週あたりからTwiiterなどで、やたら「香港」というキーワードで、いろいろな人達の香港のデモに関してのつぶやきが出てくる、出てくる。先週時点では何故か日本のテレビなどでは、そこまで香港のデモについて詳しい報道がなかったので(TV局によってその理由は根本的に違うのであるが)、それから比べるとTwitterの情報の方が遥かに早くて正確だったりする。また香港の現地のニュースの伝え方を見ていると、いろいろな媒体によって、「ああ、やっぱり、ここはこういう報道をするわけか」と納得してしまうこともある。今回、改めて、それぞれの「思惑」を感じた次第であった。
しかし、なんだかみんな知っているのか知らないのか、今回の香港市民の表向きの方ではない、裏の方の深い怒りの部分が余り報道されていない気がする。
そして本当はその問題の根本にあるものは、民主派も何も関係ないところにあるのかもしれない。

ところで、ご存知の通り香港は「拝金主義」だ。昔からそうであったが、だからこそ逆に必要であった人としての「情」まで失われ始めていた。しかし、今回の騒動でひとつ感心したのは、もうすでに失われたと思っていた人々の人としての「情」の一部が蘇ったように思えた。ただ、それも、「一部の」香港人は直ぐに忘れてしまうのであろう。何故なら彼らは現実主義者だからだ。

今までここで書いてきたことをよく読んでいただければ、たぶん本当に言いたかった意味を理解していただけるのかもしれません。(たまにとんでもない貴重な話を、気付かないうちにもぐらせています)ただあまりこの手の話を書くとまた「招かれざる客」が大量に来てしまいます。それは、香港の「ある話」を書いた時に起こった事なのですが、多分ここが、どこかのサイトのように、香港の良い所だけを都合が良いように書くような変な勧誘サイトではないから、逆にそういう人達が「調査」にやって来たのかもしれません。

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