80年代の香港の話 その1


元々、以前やっていたホームページに載せたものであったが、「ショックを受けた80年代の香港」という話を手直しして再び載せた。
本当に、80年代の香港に関しては感慨深い。何故なら、80年代に初めて、香港に来て住んでたからだ。しかもその頃、「香港ってどこ?地図でどのあたり?」の上に、英語すら満足に話せず、尚且つ、初めての海外で、それがある会社のお仕事なのだ。
しかも、その会社も、知っていたのか、知らなかったのかはわからないが、滞在するためのサービスアパートメントの場所に、なんとあの「湾仔(ワンチャイ)を選んでいたのだ。

「湾仔」と言えば、「銅羅灣(コーズウェイベイ)」のおとなりの一等地。しかし、当時の湾仔はちょっと違っていた。あの「スージーウォンの世界」がまだ、かすかに漂っていた時代だった。そしてその場所をある伝説的な人が、仕切っていたのだ。
ある人から聞いたのだが、「湾仔」は、「銅羅灣」のおとなりなのに、何故か借賃が安い、ということで、ちょうどその頃、「湾仔」のとある場所に、ある日本人の方が店を開いたら、いきなり「みかじめ料をよこせ」と来たそうだ。そしてそれを拒否したら、徹底的に店を破壊され、泣く泣く日本に帰ったという、本当か嘘かわからない話を聞いた。そして、そこに住んで初めてわかったことは、その話はまんざら嘘でもなさそうだということだった。

その街の生活風景は、まるで香港のコメディー映画を見ているようだった。あまりにも、現実味がない世界が日中から繰り広げられていたために、だんだん物事に動じなくなってきた。
そのあたりの話は次回に。

なんで、こんな話をするかというと、将来、本当に「書きたい」ある話があるので、その単なる、前フリなのだ。

事情があって1週間強、ブログの更新ができなくて迷惑をかけたが、その理由は以前の「大金持ち達のお遊び」シリーズに関連していることだ。

あるとんでもない、米国のパスポートを持って米国南部に在住している中国人(以前紹介したおしゃべりクソ野郎とは違う人。そのおしゃべりクソ野郎は、とてもいい人。でも、「本当に中国人の評判を落とすクズな中国人がいて困る」と、そいつはぼやいていた。)が、遺産相続という形で、しかも詐欺同然の手口で、ある本当の相続人であるべき人が現在香港で住んでいる家を何十年も前に奪っていたのだ。もちろんその男は、その家に住んだことはない。そして今のうちに、その不動産を売って金を手に入れようと策略し、その人を追いだそうとしているそうだ。
詳しい話は今のところ避けるが、その汚いやり口の数々は聞いているだけで吐き気がした。しかし、ある意味、よくある話なのかもしれない。
奪われた人は、その男を訴えたのだが、そのとんでもない男の法廷弁護士は、なんとご高名の、中国がどうたらこうたら、政府がどうたらこうたらとテレビで騒いでいる民主派の大物弁護士様で、自分がふだん繰り広げている話の全く逆の仕打ちをその人に浴びせているようだ、まあ、弁護士なのだから、当然、依頼者のために戦う。それはそれで良い。しかし、そうなると、悪党の味方なら問題になるので、その被害者を逆に普段からその人に金をせびる悪党という虚像を作り上げようとしているのだ。しかも、何人かの都合のよい証言者とともに。ちゃんとした商売の買い付け代金、レシートもある取引までも、「カネをせびり取られた」ということらしい。そういう人間が堂々と、米国で宝石関係の商売をやっているところが凄い。よくそういうところと、取引しているところもあるものだと思うのだが、やはり業界では、かなり評判が悪いらしい。

実際、これが「正義」の正体だろうし、弁護士の正義は依頼者を守ることだから正しいのであろう。しかし、嘘に嘘どころか、犯罪に犯罪を重ねるような相手の手口に、その被害者は、精神的にも、体力的にも、ボロボロになっているそうだ。まあ、たとえ、精神的にボロボロになっても、「精神的被害」や「名誉毀損」で訴えることは、ここ香港では簡単にできない。大金がかかるからだ。なんでも、まず、「カネ」だ。

これらの話をここでくどくどするつもりはない。そこで、話が変わる。何故、こうなったかという話に、もう亡くなられた、ある一人の女性が関連してきて、その女性が重要なキーになるのだ。その被害者のお母さんなのだが、本当かと思われるような、いろいろ話を聞いていくうちに、その裏付けのために、時代の背景や事情、歴史などを調べていくと、すべての、ストーリーの整合性が見事にあうのだ。その被害者の方は、正直いって、恐ろしいほど中国の歴史等に詳しくないのにもかかわらずだ。しかも、そのストーリーは、まるでハリウッド映画かと思うほどの壮大なストーリーなのだ。
1930〜40年代の上海の社交界、50〜70年代の湾仔の夜の世界までもが絡んでくる。たぶん、もし本当だとすれば、歴史的人物が絡んでいることは間違いないし、彼女がモデルだったものもあるかもしれない。しかし、その判決次第でこのままでは、その人が誤解された人物像となって埋もれてしまう。
なので、このストーリーを読み物として残そうかと考えている。

その話はまたいつか。

80年代の香港の話 その2」に続く。

格安航空券ena(イーナ)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です