BEYOND

もう十年以上前に「ショックを受けた80年代香港」という話を書いて、このブログでちょっと書き足して載せたのだが、その2を書いて、本来は次に「BEYOND」という香港のロックグループについて書こうと思ったのであるが、どうも、書き始めると、なかなか先に進めない。
やはり、あの「BEYOND」のリーダーでボーカルだったウォン・カークイ(黄家駒)のあの突然の事故死、よりによって日本のバラエティーの撮影中に亡くなったことがあまりにも衝撃だったからだ。本当に「これから」だった。

香港でのデビュー当初は、アイドルグループで、はっきり言って「なんじゃこりゃ」のレベルであった。しかし、ウォン・カークイが自分で曲を作り、時には、中国的な旋律を曲に取り入れ、またその歌詞もどんどん深くなっていく。
大地」など、次々とヒット曲を出していく。そしていつの間にか香港を代表するロックグループになっていった。

香港を制覇し、1992年にいよいよ日本での待望のデビュー。
昔も書いたが、「進め!電波少年」の特徴のあるオープニングの音楽は、彼らの曲、「長城」のイントロだ。ちなみにあのイントロのシンセサイザーを担当していたのは、あの「喜多郎」だ。
この曲を始め、彼らのいくつかの代表曲に、日本の訳詞がついて、彼らは日本語で歌っていたがその日本語歌詞が余りにも本当の彼らの「思想的」な歌詞とかけ離れていて当時かなりあきれていた。まあ、日本で売るための戦略でそうしていたのかもしれない。ただ、彼らも、なにかの雑誌で、日本語の歌詞について、「よく意味がわからない」という皮肉ぽいことも言っていたのだが。そしてその翌年にあの悲劇が起こったわけだ。

最近、ひさしぶり、「BEYOND」という名前をネットの新聞で見た。あの偉大な南アフリカ共和国のマンデラ元大統領の訃報の時だ。

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